作戦自体は悪くない。
僕はあの執事さんとなら確実にすぐ仲良くなれる自信がある!
10m程離れた位置の二人に目を向けると執事はこちらの視線に気付き、取り乱しているカ
ルシェンツを宥めながら申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
ジェノの執事に対する株は上がる一方である。
まだ三十路はいってないだろうと思われる男は常におっとりとした優しい笑顔で2人を見守
り、カルシェンツが何かやらかす度に眉を八の字にして一緒におろおろする様子が可愛らしい。
自分の三倍近い年齢の男性を可愛いと思う日が来るとは思ってなかったが、優しく柔らかい
雰囲気なのに顎鬚を生やしたワイルドな風貌なのもなんか良い。
これがメロスの言う『ギャップ萌え』というやつか。
身長は190cmは超え、細見だがいい筋肉をしている。
日課の筋肉ウォッチングを終え、ジェノは少し機嫌が回復した。
話してみたいんだよな。いつも離れた所にいて会話したことがないし、戻ってきたらカルシェ
ンツに言ってみようかな。
そのあとは昼食をとろうとカルシェンツに何度もお願いされ、場所を移動した。
うっわー たっけぇ!
五階分を吹き抜けにした高い天井に、白と金を基調とした明るく開放感のあるホール。奥の
廊下には有名な絵画が飾られており、美術園内で人気の建物なのだという。
この空間に客三人って・・・やっぱおかしいだろ。
「ようこそいらっしゃいました、カルシェンツ殿下! 今回は御忍びということですので職員
は上の者しかおりません。ごゆるりとご観覧くださいませ」
「ああ」
カルシェンツに「お菓子も最高級なものを用意してるから!」とご機嫌取りをされていると、
笑顔を貼り付けた50代と思われるでっぷりと太った男が話しかけてきた。おそらくここの
支配人かなにかだろう。
「本日は当美術園に足を運んでいただきまして、誠にありがとうございます! カルシェンツ
殿下がお見えになると聞き、職員一同心待ちにしておりました。この国の宝であるカルシェン
ツ殿下のご来場は、我が美術園の名をこの世の全ての国々へ広めて下さることでしょう!」
本当に素晴らしい! と止まることなく称賛の言葉を並べ立てる男に、カルシェンツはスッ
と左手を上げて言葉を遮った。
「勝手に回らせてもらうので案内は結構だ、では失礼する」
そう言ってあっさりと男の横を通り抜けたカルシェンツに腕を引かれ、ジェノは面食らった。
え、なに? 行っちゃっていいの? めっちゃ話かけてきてたけどあの人・・・
振り返ると、取りつく暇もなく素通りされて呆然と青ざめている男が目に入る。
これは、なんかまずいんじゃ。
カルシェンツを引き留めようとして口を開いたジェノだが、声を掛けることは出来なかった。
少年と出会って約一か月経つが、いままで一度も見たことの無い『冷たい』表情をしていた
ためだ。
・・・なに?
心臓が急激に早くなった感覚を覚える。
なにこれ?
恐ろしく整った顔は無表情だとまるで生気のない無機質な人形の様で、なにも写していない
瞳はどこまでも暗い闇を彷彿させる。
突然どうしたのだろうか。
ずっと無言で腕を掴み歩き続けるカルシェンツに、ジェノは戸惑った。
なんだろ・・・すごく不安な気分になる。どうしてしゃべらないんだ?
全然こっちを見ないし、それに―― 腕痛い。
「ね、ねえ!」
前を向いたまま答えない少年はまっすぐな廊下をひたすら突き進む。
――まるで、全然知らない人みたいだ。目の前を歩く少年は、本当にカルシェンツだろうか。