何バカな事をと思うが・・・いつものカルシェンツとはあまりにも違う雰囲気や表情に、ジェ
ノは説明出来ない胸の息苦しさを覚えた。
なんかこわい。
長い廊下を突っ切ったところで、ジェノは機械的に動かしていた足を縺れさせる。
「「―――っ!」」
前のめりに倒れたものの、見事な反応を見せたカルシェンツに軽やかに支えられた。驚きな
がらもジェノに怪我がないことを確認したカルシェンツは、「よかった!」と花が咲いた様な
笑顔で笑い、近くのソファーへと促してくれた。
「速く歩いてごめん。私の不注意だ、申し訳ない!」
「・・・いや」
「怪我がなくて本当に良かった。楽しいお出かけが台無しだからね、今後更に気を付けるよ!」
「あ、ああ。そうだな」
「ジェノ君?・・・どうしたの!? 顔が真っ青だ、一体何が!」
具合が悪いのかと慌ただしく騒ぎ出したカルシェンツを見て、ジェノは安堵した。
ああ、カルシェンツだ。僕の知っているカルシェンツ・ゼールディグシュという少年だ。
執事に助けを求めようとするカルシェンツを大丈夫だと宥め、ジェノは気を取り直して食堂
へ向かう事にした。
コロコロと表情を変えて楽しそうに話す少年は、先程のは見間違いだったのではとさえ思え
て来るほど、表情も醸し出す空気も別人の様だ。
しかし、
『気難しい性格で、冷たい氷の王子様って噂だったけど――』
いつの日かのメロスの言葉が頭を過る。
――出会ってまだ一か月、二人の子供は・・・まだお互いのことをあまり知らない。
胸のモヤモヤが少し残っていたが、テラスでお昼ご飯を食べ終えのんびり庭のオブジェを眺
めていると落ち着いてくる。近くを流れる小川のせせらぎが聞こえ、「自然とは素晴らしいも
のだな」と一息付いた。
このアチューズ美術園は山の中にあり、うまく周りの自然を残し、又は取り入れながら作品
を展示している。
静かで緩やかな時間が流れる空間。
しかし、それは長く持続しない。騒音の元凶が駆け寄って来たからだ。
ジェノが食べ終えるのをそわそわしながら待っていたカルシェンツは、急に飛び跳ねるよう
に執事の下へ行き、離れた所で何やらゴソゴソとやっていた。
よくわかんないけど面倒臭そうだ、と食後の余韻を楽しんでいたジェノは近づく気配から視
線を逸らす。
満面の笑みで長方形の箱を抱えてやって来た少年がそおっとテーブルに箱を降ろし、慎重な
面持ちでふたを持ち上げた。中には、葉の茂った木に座る『キツネザル』が入っていた。
置物?
「うっわぁ可愛い! これってキウイだよな?」
細かい所まで丁寧に再現されたキウイは美味しそうにマンゴーを頬張り、頭に白いお花を付
けていた。今日は家で留守番させている可愛い子ザルを思い浮かべ、ジェノの頬がふにゃりと
緩む。それを見たカルシェンツは途端にテンションを上げ早口でまくし立てた
「ジェノ君のために昨日の夜から準備して朝作ったんだ! 特にこの手の部分は写真を見なが
ら一本一本角度を調節してね。結構リアルに出来たと思うんだけど、どうかな?」
首を傾げ上目使いで様子を窺ってくる。
うっわ これマリーテアが見たら発狂確実。美少年の上目使いは破壊力抜群だな。こういう
のがメロスがよく言う『あざとい』ってやつだろうか・・・ん?ちょっと待て、今なんて言っ
た?
「作ったって言った? ・・・これを?」
「うん」
「誰が?」
「私が!」
満面の笑顔で言い切るカルシェンツに驚き思わず声が上ずった。
「うっそ! これお前作ったの? ホントにっ!? だってこれ本物みたいだぜ、すっごい精
巧だし綺麗で高そうじゃん」
今日一番・・・いや、少年と出会ってから間違いなく一番ジェノのテンションが上がった瞬
間だった。
「キウイめっちゃ可愛いっ、凄い!」そう作品を覗き込んで絶賛していると、隣から微妙な震
えが伝わってくる。気にせずキウイに顔を近づけてどうやって作ったのか、ジェノは矢継ぎ早
に質問していった。