「・・・ジェノは、おとこのこ・・・です」
当時のジェノは周りの大人の顔色を伺うように、おずおずと答えた。
男の子じゃないと必要とされない・・・捨てられる。
絶対の存在だった母親の影は死してなおまだ幼いジェノを蝕み続け、深い傷跡を残していた。
そんな少女の不安を払拭する様に、事ある毎にメロスは優しく抱きしめ『傍に居るから』と
囁いてくれた。
いつも明るく、気楽に、時に真剣に・・・
まるで包まれる様な温かい時間の中でジェノは笑い、泣き、怒り、経験した事のない喜びを
次々に知ることが出来た。
その二年後にもう大丈夫だと判断したメロスが戸籍の性別を変更し、現在に至る。
今も昔のなごりで坊ちゃん呼びをされているだけで、周囲を騙そうとしているわけではない。
跡取りなのは事実だし、ジェノという男っぽい名前のせいで『男の子』だと誤解されている
だけだ。
・・・まあ、こちらがちゃんと訂正しないのが一番の要因なんだけどね。
男の子だと肯定はしたことないが、否定もしていない。いまさら女の子だとは言い出しずら
いし、わざわざ説明するのも少し恥ずかしい。
公の場に出た際にはその場に見合った格好をしなければいけないのだが、パーティの類に欠
席し続けているジェノは『ドレス』を着た経験がない。だから未だに男の子として通っている
のだ。
そもそも女の子が着るような服を着たことないなぁ。
スカートって動きずらそうだしスウスウしそう。
今着ている茶色いチェックのズボンを見下ろし考える。
僕が「女の子」だと言ったら・・・カルシェンツはどうするんだろう?
彼は男同士の熱い友情に憧れがあるようだから、ジェノに興味を無くすだろうか。それとも
関係ないと言って、これまで通り接してくるのだろうか。
『あなたは男の子なのよ』
優しく笑う母親。
『女の子はいらないの』
突如母の言葉が頭を過ぎり、ジェノは息が詰まった。
周りに男の子だと認められていく度、優しく撫でてくれた母親。
『女の子ではダメよ・・・男の子だから価値があるの』
――ちがう、女でもいいんだ。
『男の子だからここにいられるのよ』
―――そんなことない、女でもあの屋敷が僕の家だ!
『男の子が必要なの』
メロスは女の僕を可愛がってくれる、一緒にいてくれるっ!
『愛しているわ、ジェノ。私の息子』
・・・・・・。
ママにとって女として生まれた僕は・・・価値のない子だったの?
女の子の僕は、愛してくれないの?
僕は僕なのに・・・性別が違うというだけで生まれる大きな差にジェノは苦心し、母親に愛
されなかった事実に打ちのめされる。
カルシェンツも『男のジェノ』が必要で・・・『女のジェノ』はいらないのだろうか。彼に
言おうとしたことは何度もあったが、それは言葉にならなかった。
『女の子の君とは友達になりたくない』
あの冷たい目でそう言われたら・・・
いつもより心臓の鼓動が速くなり、嫌な汗が背中をつたい落ちる。
細かく手が震えているのに気付き、自分の身体を抱きしめた。
――大丈夫だ、落ち着け。
ママはもういない、女の子でもメロスは僕を愛してくれる。使用人の皆もずっと傍にいてく
れる! 大丈夫、大丈夫だからっ! ちゃんと息を吸わなきゃ、くるしい・・・震えが止ま
らないっ!!
たまに起こる過呼吸。
ここ一・二年は殆どなかったのに・・・こんな時にっ! 落ち着け、まずは紙袋を――
お店の人に言おうと横を向くと、ジェノの隣の椅子に何故か白く四角い紙袋が置かれていた。
・・・!?
え、なんでこんなところに紙袋が都合よく?
何も入っていない袋を不思議がりながらも手に取り、ジェノは天の助けとばかりにそれを使
わせてもらった。